筆箱(ふでばこ) つかうの やめた!

みなさんは、筆箱(ふでばこ)や ぶんぼうぐを 上手(じょうず)に つかえていますか?

 

わたしは 子(こ)どものころ、筆箱(ふでばこ)を つかうのが 苦手(にがて)でした。                                                        えんぴつの先(さき)が 丸(まる)くなっていても 気(き)にならず、筆箱(ふでばこ)には くしゃくしゃの ふせんや ボロボロの 消(け)しゴムが 入(はい)っていました。ぶんぼうぐが いつのまにか なくなることも よくあり、「ちゃんと かたづけなさい!」と 注意(ちゅうい)されていました。                                   ノートも さいごまで つかえず、とちゅうまで つかったノートが 何(なん)さつも ありました。

 

でも、大人(おとな)に なってから、自分(じぶん)に 合(あ)った 方法(ほうほう)を 見(み)つけました。

 

まず、筆箱(ふでばこ)を つかうのを やめました。今(いま)は、しごとで つかう 手帳(てちょう)に 2本(ほん)の ペンを はさんでいます。これだけで こまることは ありません。筆箱(ふでばこ)が ぐちゃぐちゃに なることも なくなり、気(き)もちも すっきりしました。

 

ノートも、やわらかい リングが ついたものに かえたら、さいごまで つかえるように なりました。どうやら わたしは、ノートを ひらいたとき、まんなかが 平(たい)らに ならないのが 苦手(にがて)だったようです。

 

「筆箱(ふでばこ)に、けずった えんぴつ5本(ほん)と 消(け)しゴムと じょうぎを 入(い)れる」「ノートを さいごまで つかう」

 

みんなが 当(あ)たり前(まえ)に できることが、わたしには むずかしかったのです。

 

でも、今(いま)は こまっていません。自分(じぶん)に 合(あ)った 方法(ほうほう)を 見(み)つけたからです。

 

みなさんにも、まわりの人(ひと)は かんたんに できるのに、自分(じぶん)には むずかしいことが ありませんか?

 

人(ひと)は、一人(ひとり)ひとり ちがいます。とくいなことも、苦手(にがて)なことも、考(かんが)え方(かた)も ちがいます。

 

だから、みんなと 同(おな)じように できなくても 大丈夫(だいじょうぶ)。自分(じぶん)に 合(あ)った 方法(ほうほう)を さがせば いいのです。一人(ひとり)で 見(み)つからなければ、だれかに そうだんしても いいのです。

 

「人(ひと)は 一人(ひとり)ひとり ちがう。ちがっていても いい。ちがうからこそ、一人(ひとり)ひとりが 大切(たいせつ)な そんざいなんだ」

 

じつは、「子(こ)どもの けんり」の ねっこにも、そんな 考(かんが)え方(かた)が あります。

 

AIや ロボットは、同(おな)じことを せいかくに くりかえすのが とくいです。でも、人間(にんげん)は 一人(ひとり)ひとり ちがいます。

 

だからこそ、とくいなことも 苦手(にがて)なことも ふくめて、「人(ひと)と ちがうこと」を 大切(たいせつ)にして ほしいのです。

 

みんなと 同(おな)じじゃなくても 大丈夫(だいじょうぶ)。あなたには、あなたに 合(あ)った 方法(ほうほう)が あります。

 

そして、あなたは、あなたのままで 大切(たいせつ)な そんざいなのです。

 

名古屋市(なごやし)子(こ)どものけんりようご委員(いいん) 間宮(まみや) 静香(しずか)