わかりあうこと

世界(せかい)では (いま)戦争(せんそう)(つづ)いています。ニュースや インターネットで そのようすを ()て、不安(ふあん)()もちに なったり、こわく なったり したことは ありませんか。そんな ()もちに なるのは、とても 自然(しぜん)な ことです。一人(ひとり)(こころ)(なか)に しまいこまず、おうちの (ひと)先生(せんせい)など、安心(あんしん)して (はな)せる (ひと)自分(じぶん)()もちを (はな)してみてください。

さて、『ぼくたちは、あらそうために ()きるのか?』(山極(やまぎわ)寿一(じゅいち) (ぶん)・あべ弘士(ひろし) ()偕成社(かいせいしゃ))という 絵本(えほん)()っていますか。この(ほん)には、(ひと)は むかしから、相手(あいて)()もちを わかろうと しながら、(ちから)()わせて ()きてきたことが ()かれています。

(いま)世界(せかい)には 戦争(せんそう)があり、安心(あんしん)して くらしたり、学校(がっこう)()ったり できない ()どもたちが います。でも、()どもには、安心(あんしん)して くらし、(まな)び、自分(じぶん)()もちを (はな)す けんりが あります。だれもが 大切(たいせつ)に されることは、とても 大事(だいじ)なことです。

学校(がっこう)でも、(とも)だちと 意見(いけん)が ちがうことが あります。そんなとき、「どうして そう(おも)ったのかな」と (かんが)えてみると、けんかではなく (はな)()いが できるかもしれません。相手(あいて)()もちを ()ろうとすることは、みんなが ()もちよく すごせる 学校(がっこう)に つながります。

この 絵本(えほん)は、「(ひと)は あらそうためではなく、わかりあいながら ()きてきた」という 希望(きぼう)(おし)えてくれます。「ぼくたちは、あらそうために ()きるのか?」という ()いに、みなさんなら どう(こた)えますか。ぜひ ()んで、自分(じぶん)(かんが)えを ()つけてみてください。わかりあうことの 大切(たいせつ)さや、一人(ひとり)ひとりが 安心(あんしん)して ()きることについて (かんが)える 時間(じかん)に なるかもしれません。

『ぼくたちは、あらそうために()きるのか?』(山極(やまぎわ)寿一(じゅいち)(ぶん)・あべ弘士(ひろし) ()偕成社(かいせいしゃ)

名古屋市(なごやし)()どものけんりようご委員(いいん) 川口洋誉(かわぐちひろたか)